先日、蘭丸さんと一緒に並んで撮った写真を整理してみました。スマートフォンで自画撮りをしたものでパソコンに保存してあります。一枚目は付き合って直ぐの 2009 年11月のものでした。そこから現在までの、主に出先で撮ったものを時系列で並べてみました。彼は元々色白の中肉中背タイプだったのですが、途中から外でのガテン仕事を始めた為に、日に焼けたことと身体が鍛えられてマッチョになりました。14 年前と現在ではほぼ別人になっています。私の場合は体調が悪い時期はやっぱりそれが顔に出ていて、なんだか精気が無いのがわかります。共通しているのは、二人とも表情が明るくなったことです。特に、彼の眼の光が明るい穏やかなものに変わりました。
こうやって改めて写真を見てみると、長い時間一緒に居てくれたんだなと実感しました。ちゃんと聖霊に守られて導かれて彼と出会えて今がある。沢山の人や動物達にも支えられてきました。そのことが本当にありがたく尊く感じました。
それても 2003 年からの元夫との地獄のような三年間で心に残った深い爪痕が、20 年近く経った今でもふとした瞬間に痛む時があります。その時に、聖霊に祈り癒しと赦しを与えてもらうのか、それとも生霊を飛ばして相手を恨み続けるのかをその都度立ち止まって選択しています。この選択の連続、これこそが自分に課せられた課題のひとつです。「やられたらやり返す。倍返しだ!」的な感情カルマから脱する為に、取り組みは続きます。どちらに幸せと救いがあるのか、どちらに愛(自己犠牲ではなく自分も周囲も共に幸せになる愛)があるのか、それを見極めるのは冷静さとドライさが必要なのだと今生で学びました。
その選択の瞬間に心の中を深く見てみると、自分には罪がある(故に相手も有罪)の想念帯には、この冷静さとドライさが無いのです。冷酷ではなく冷静さです。心の質感の違いが、選択のポイントを分けることがわかってきました。