苦手意識

最近は、コミュニケーションの苦手意識を見つめていました。自己表現への苦手意識や生きている人間への恐怖感は未だに課題として残っています(山の中で人間に遭う方が熊と鉢合わせることよりも怖く感じます)。自分を晒してしまうと、世界から猛攻撃を受けるのではないのかという危惧感、無能さが露呈して非難されるような恐怖心が湧いてきます。そして心の何処かで、SNS を使いこなし自己表現をやりまくっている人達への羨望と軽蔑の混じった複雑な気持ちがあるのでした。不思議なもので仕事をしていた時の業務でのやり取りには恐怖心がありません。それは私が単に仕事上の役割を担っていて「私個人」を出していなかったからだと思います。

健康問題もそうですが、私はコントロールが効かないことへの恐怖心が強いのです。なので、コントロール不可である人の目に晒されることが怖いのだと思います。相手の表情や状態が見える一対一で直接会う場合には平気なのですが、メールを含めた顔の見えない声が聞こえないやり取りが苦手です。人の本音や意図がより一層見えない場所で、どうやって自分を出したりコミュニケーションをすればよいのでしょうか? 悪意を受けて袋叩きにされたり誤解を受けることしか想像できずに必要以上に深刻になってしまうのです。もちろん私のこうした知覚も、自身の投影にしか過ぎないのですが。

そんな苦手意識にまみれた中で、知人のライブ配信に出るという冒険をしてみました。向こうからやってきたお誘いを聖霊からの挑戦だと思い、勇気を出してやってみた自分を褒めたいと思います。配信後にその動画を見て、初めて自分が話している画像を見たのですが、そんなに悪くはないかなと思えました。

小さな一歩でした。

春は晴れの日を連れて

先月下旬に、突然メニエールになってしまい病院で点滴の処置を受けました。草木が一斉に芽吹き始める春は自律神経が乱れるようで、年末年始と共に体調を崩すことが多いのです。更年期症状の始まりと新生活の疲れもあったのか自分でもびっくりしました。SNS でコロナ関連の情報が人々の不安と共に滝のように流れてくるように感じられます。それが辛くなったのでしばらくお休みしています。静かな海辺の街にも新型コロナウィルスの患者さんが、今週に入り出始めました。都会と違って人が多く集まる場所は極めて限られているのですが、過疎地は医療が充実しておらず病床も少ないので注意が必要です。

私と蘭丸さんの生活は普段と変わりませんが、この時期はとりわけ静かに過ごしています。医療、物流、公的機関等、ドラッグストアやスーパー等、最前線でご尽力されている方々に感謝の祈りを捧げると共に、世界が不安で大きく揺れている今、私も不安をきちんと受容しつつもそこから反応しない・動かないことが、大切かと思います。生活が変わらない人間に唯一できることは、混乱の集合意識に加担せず、静けさと平安を保つことのように思われたのです。札幌の動物愛護団体・ツキネコ北海道さんで、可愛らしい布マスクを売っているのを見つけたので、購入してみました。https://tsukineko.thebase.in/categories/2242531

桜も満開の時期を過ぎ、冬の間は厚い雲に覆われていた山陰にも晴れ間が多くなりました。蘭丸さんによると梅雨までは比較的晴れるそうです。春の訪れを晴れた空が教えてくれるなんて、なんだか素敵だなと思いました。